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ヴィンチェンツォ・チマッティ | 百科事典

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ヴィンチェンツォ・チマッティ像

ヴィンチェンツォ・チマッティ(Vincenzo Cimatti, 1879年7月15日 - 1965年10月16日)はイタリア中央部ファエンツァ出身のサレジオ会士・教育者。

1879年イタリア中央部ラヴェンナ市近郊の町ファエンツァに生まれる。1896年トリノ市郊外にあるサレジオ会の名門リセヴァルサリチェに入学。1900年王立パルマ音楽大学を卒業し、王立トリノ大学自然科学哲学の博士号を取得。1905年3月に司祭に任ぜられ、母校ヴァルサリチェの校長修道院長を務めた。1926年2月に宣教師団長として来日。九州地方において宣教活動に従事した。1933年宮崎市内に小神学校を設立。1935年には宮崎大分両県の教区長1937年サレジオ会日本管区長となる。多くの日本人司祭修道士を育成し、日本における宣教活動や日伊文化交流に尽くした功績に対して、1956年イタリア政府から共和国功労勲章を、また1963年には優れた音楽家、聖職者として日本政府から勲三等瑞宝章を贈られた。オペラ『細川ガラシア』などの作曲でも知られる。1965年、死去。その後チマッティの列福・列聖調査が開始、英雄的聖徳が認められ1991年、ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世によって「尊者(聖人から3番目の地位)」に宣言された。

外部リンク

This text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.  最終更新日時: 2010年3月12日