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ローマ | 百科事典

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ローマ
Roma
Collage Rome.jpg
Flag of Rome.svg Coat of arms of Rome.svg
市旗 市章
愛称 : 永遠の都
標語 : "Senātus Populus que Rōmānus (SPQR)  (ラテン語)"
位置
ローマ市の位置の位置図
ローマ市の位置
ローマ市の地図(Rioni di Roma)の位置図
ローマ市の地図(Rioni di Roma
座標 : 北緯41度54分 東経12度30分 / 北緯41.9度 東経12.5度 / 41.9; 12.5
歴史
設立 紀元前753年4月21日 (伝説)
市長 ジャンニ・アレマンノ(イタリア語)
(副市長:マウロ・クトルフォ(イタリア語)
地理
面積  
  市域 1,285km2
標高 +20m
人口
人口 (2008年12月31日現在)
  市域 2,724,347人
    人口密度   2,119.6人/km2(5,491.5人/mi2
その他
等時帯 CETUTC+1
夏時間 CESTUTC+2
CAP(郵便番号) 00100(一般的)、00121~00199
市外局番 06
守護聖人 : 聖ピエトロ聖パオロ
公式ウェブサイト : comune.roma.it
ローマ
Roma
ローマの風景
ローマ の旗
シャルルマーニュの寄進状』によれば800年にカールによりローマ教皇に寄進されたとされるが、この文書は今日では偽書とする見解が優勢である。15世紀半ば以降、ローマ教皇領の首都として栄え、ローマはルネサンス文化の中心地となった。教皇ニコラウス5世の時代には、城壁の改修、宮殿の建設、教会の修復工事がおこなわれた。おもな芸術家や建築家はローマで活動するようになり、15世紀末にはローマはフィレンツェにかわってルネサンスの一大中心地となり、ミケランジェロブラマンテラファエロなどの芸術家が教皇のために仕事をした。しかし1527年、ハプスブルク家の傭兵軍による、いわゆる「ローマ劫掠」によって、この都の盛期ルネサンスは終わりをつげた。なお、家屋が雑然と密集した中世の都市形態が近代化されはじめたのは、16世紀末の教皇シクストゥス5世の時代で、ポポロ広場から市の中心部にむかって3本の道路を開き、広場や泉をつくり、フェリーチェ水道を修復した。サン・ピエトロ大聖堂の丸屋根が完成したのもこの時代である。 対抗改革期のローマを特徴づけるバロック様式は、17世紀の建築物に多くみられる。ベルニーニやボロミーニのような彫刻家と建築家が、この時代にローマの外観をかえていった。18世紀のローマは、教皇の支配のもとで比較的穏やかな時代をむかえていた。スペイン階段などにみられる18世紀前半のロココ様式の建物は、やがて新古典主義の建物にかわった。1797年ナポレオン1世はローマを占領し、多数の貴重な美術品を持ち去ったが、ウィーン会議の後、ローマはふたたび教皇領となった。

統一イタリアの首都

ウィーン会議後のオーストリア帝国によるイタリア支配は独立達成にむけてイタリア人を奮起させたが、援軍とあおいだナポレオン3世によるイタリア占領はイタリア人の反発をまねき、1861年、イタリアの大部分はサヴォイア家のもとで統一をはたした(リソルジメント)。教皇の本拠地だったローマは1870年、フランス軍の撤退後、1871年イタリア王国にローマ教皇領が併合されイタリアが統一され、ローマはフィレンツェに代わって統一イタリアの首都となった。

その後1930年代にはファシスト党の独裁者、ベニート・ムッソリーニがローマ郊外にローマ万国博覧会のための新都市、EUR(エウル)を建設したが、ムッソリーニ主導による第二次世界大戦へのイタリアの枢軸国としての参戦によりEURの拡大は一時的に中止となった。

現在

第二次世界大戦後には、航空機の発達により、日本をはじめとするアジアアメリカなどのヨーロッパ圏外からも多数の観光客が訪れるようになった。1970年代初めにミラノへ移るまではイタリアにおいてファッションの中心地であった。現在はパリマドリードなどと並び、ヨーロッパを代表する観光都市として親しまれている。また、イタリアの首都で政治経済文化の中心地的存在であるとともにカトリック教会の中枢でもあるほか、市内には国際機関や多国籍企業の本拠があり、イタリアを代表する大企業の本社や官公庁が立ち並ぶ世界的に重要な都市となっている。

行政

ローマのムニチーピオ

ローマはイタリア全土にあるコムーネのうちの一つで、都市規模・人口ともに最大である。市長および市議会がコムーネを管理しており、ローマにおける歴史的な政庁所在地であるカンピドリオに市庁舎は設置されている。また市庁舎の置かれる地名から、ローマ市政は「カンピドリオ」と通例呼ばれる。

行政区分では19のムニチーピオという地域に区分される。この区分は中心部への集中を分散化することを目的として創設され、各ムニチーピオは区長、および5年おきに選挙で選出される4人の議員が運営する。この行政区分は、伝統的な非行政区域の境界線を越えることがある。この歴史的な区分、リオーニは22の区域に分割され、一部を除いてアウレリアヌス城壁内の地域をさす。またローマは郊外区域、および52の農業区域を公式に指定しているが、後者は開発の対象となりやすいのが実情である。

ムニチーピオ(イタリア語)」も参照

ローマのリオーネ

リオーネは、以下の22に分けられる。

ローマのリオーネRioni di Roma)」も参照

ローマのクアルティエーレ

クアルティエーレは、以下の35に分けられる。

ローマのクアルティエーレ」も参照

気候

ローマの気候
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
平均最高気温 °C (°F) 11.8
(53.2)
13.0
(55.4)
15.2
(59.4)
18.1
(64.6)
22.9
(73.2)
27.0
(80.6)
30.4
(86.7)
30.3
(86.5)
26.8
(80.2)
21.8
(71.2)
16.3
(61.3)
12.6
(54.7)
20.52
(68.93)
平均最低気温 °C (°F) 2.7
(36.9)
3.5
(38.3)
5.0
(41)
7.5
(45.5)
11.1
(52)
14.7
(58.5)
17.4
(63.3)
17.5
(63.5)
14.8
(58.6)
10.8
(51.4)
6.8
(44.2)
3.9
(39)
9.64
(49.36)
降水量 mm (inches) 102.6
(4.039)
98.5
(3.878)
67.5
(2.657)
65.4
(2.575)
48.2
(1.898)
34.4
(1.354)
22.9
(0.902)
32.8
(1.291)
68.1
(2.681)
93.7
(3.689)
129.6
(5.102)
111.0
(4.37)
874.7
(34.437)
湿度 77 75 72 73 71 68 67 66 69 74 78 78 72.3
出典: MeteoAM 2009-05-29

経済

2008年におけるローマの都市GDPは1440億ドルであり、世界第43位である。2010年新華社ダウ・ジョーンズが発表した国際金融センターランキングにおいて、世界第34位に選ばれており、欧州では第16位、イタリアでは第1位である[3]

イタリアの首都であることから、政治・経済の中心地であるが、ローマの経済は基本的に行政と観光によっており、労働者の大半はこの分野と卸売、小売業などのサービス業に従事している。ローマには、イタリアの大企業の本社や多国籍企業の本拠地、国営放送局 (RAI)、大手新聞社などのマスコミの本社、在外公館が集中し、また国際連合食糧農業機関 (FAO)、国際農業開発基金 (IFAD)、国際連合世界食糧計画 (WFP) の本部がおかれている。

市内には古代遺跡や美術館などが多く残り、世界各国から観光客が集まることから観光業界が重要な産業となっており、特にヴェネト通りやスペイン広場周辺には高級ホテルレストランブティックが立ち並び一年中賑わいを見せている。

郊外には独裁者ベニート・ムッソリーニが作った世界的に著名な映画撮影所「チネチッタ」があり、フェデリコ・フェリーニ監督の「甘い生活」や「インテルビスタ」など多数の名作が撮影された。イタリアの映画産業のみならずイタリアの近代文化にとっても重要な場所である。

観光

トレヴィの泉。中央に水を司るネプトゥヌスが、左に豊饒の女神ケレス、右に健康の女神サルースが配置されている。
カンピドリオとローマ市庁舎
古代ローマ遺跡
広場・公園
ローマの七丘

ローマの七丘とは、ローマの市街中心部からテヴェレ川東に位置する古代ローマ時代の七つの丘のこと。

ローマのオベリスク

詳細は「ローマのオベリスク」を参照

教会
宮殿
  • ヴェネツィア宮殿
  • クィリナーレ宮殿
  • キージ宮殿
美術館・博物館
その他の建造物
市内の他の場所
バチカン市国内の観光名所
ローマ郊外の観光名所

商業施設

大型店舗
  • ラ・リナシェンテ(La Rinascente)
  • コイン (イタリアのデパート)(Coin)
スーパーマーケット
格安系スーパーマーケット

文化

スポーツ

ローマは1960年ローマオリンピック開催地で、2020年夏季オリンピック開催候補地でもある。2009年世界水泳はこのローマで開催される。

ローマで最も人気のあるスポーツはサッカーである。スタディオ・オリンピコ・ディ・ローマでは1990 FIFAワールドカップ決勝試合が行われ、現在はセリエAASローマSSラツィオセリエC2のチスコ・ローマの本拠地として使用されている。各チーム間には猛烈なライバル意識があり、ローマのスポーツ文化として定着している。ASローマのフランチェスコ・トッティダニエレ・デ・ロッシを初めとし、各チームでは有名選手が在籍、また有名選手が誕生しやすい傾向がある。

サッカー人気には遠く及ばないが、ラグビーも広く受け入れられてきている。スタディオ・フラミニオラグビーイタリア代表の本拠地で、シックス・ネイションズでは2000年以来試合が行われている。しかしながらその成績は決して優秀とは言えず、現在のところ優勝は一度もしていない。

毎年5月、テニストーナメントのATPマスターズ1000が市内で行われている。サイクリング第二次世界大戦後に急速に人気を博し、1989年と2000年にジロ・デ・イタリアの最終部分が開催。しかし、サイクリング人気はここ10年で衰退してしまった。他にも、バスケットボールのパッラカネストロ・ヴィルトゥス・ローマ、バレーボール、ハンドボール、水球のチームがローマを本拠地とする。

交通

道路

他都市へのアクセス
GRA

アウトストラーダ一覧」も参照

公共交通

テルミニ駅
市内・郊外

イタリア国鉄(トレニタリア Trenitalia)のローマ駅(ローマ・テルミニ駅)が市の中心駅である。市内の交通はATACの運営するバス網が中心である。イタリアの他都市同様、バスの乗車券は乗車前にキオスクなどで購入する。また、ATACの子会社のMet.Ro.が運営するローマ地下鉄が2路線(AB)あり、ローマ・テルミニ駅や、チネチッタなど郊外を結んでいる。他にもタクシーが安価な交通手段として多用されている。

長距離

長距離交通は、テルミニ駅を発着する長距離列車のほか、時速300キロで運行されているユーロスター・イタリア(ES*)などの高速鉄道、航空便や高速道路を使用する長距離バスなどで結ばれている。

航空

日本を含む長距離国際線とEU内国際線、国内線はフィウミチーノ空港(レオナルド・ダ・ヴィンチ国際空港)を使用し、EU内国際線と国内線は主にチャンピーノ空港(ジョヴァン・バッティスタ・パスティーネ空港)が使われる。フィウミチーノまではテルミニ駅から直通列車「Leonardo Express」が運行され、所要時間は30分ほどである。

日本の旗日本への就航都市

その他

和文通話表で、「」を送る際に「ローマのロ」という。

姉妹都市

関連項目

ウィクショナリー
ウィクショナリーローマの項目があります。
ウィキクォート
ウィキクォートローマに関する引用句集があります。

脚注

外部リンク

ウィキメディア・コモンズ

公式

日本政府

観光

This text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.  最終更新日時: 2010年9月4日