| ローザンヌ Lausanne |
|||
|---|---|---|---|
|
|||
| 位置 | |||
ローザンヌの位置 |
|||
| 座標 : 北緯46度31分0秒 東経6度38分0秒 / 北緯46.51667度 東経6.63333度 | |||
| 行政 | |||
| 国 | |||
| 州 (Canton) | ヴォー州 | ||
| 郡 (District) | ローザンヌ郡 | ||
| 基礎自治体(commune) | ローザンヌ | ||
| 地理 | |||
| 面積 | |||
| 基礎自治体(commune)域 | 41.37km2(16mi2) | ||
| 標高 | 495m(1,624ft) | ||
| 人口 | |||
| 人口 | (2007年現在) | ||
| 市域 | 129,273人 | ||
| 人口密度 | 3,125人/km2(8,093人/mi2) | ||
| その他 | |||
| 等時帯 | 中央ヨーロッパ時間 (UTC+1) | ||
| 夏時間 | 中央ヨーロッパ夏時間 (UTC+2) | ||
| 郵便番号 | 1000-1008 | ||
| 市外局番 | 5586 | ||
| 公式ウェブサイト : http://www.lausanne.ch/ | |||
ローザンヌ(Lausanne)は、スイスのヴォー州に属する基礎自治体 ( コミューン ) で同州の州都。フランス語圏に属し、レマン湖の北岸に位置する。ドイツ語ではローザンヌのスペルはそのままで“ロザン”と呼ばれる。
目次 |
古代ローマ人が軍の野営地を、レマン湖の近く、現在のVidyやOuchy周辺に建て、Lousonnaと呼んだ。また丘の上の城壁は"'Lausodunon"または"Lousodunon"と呼んだ。
ローマ帝国が崩壊し、安全上の問題から、街の中心が防御により適した現在の場所に移った。街はサヴォイア家とローザンヌ司教の支配を受けた。1536年から1798年まで、ベルンの支配下に入り、教会に掛けられていたタペストリーを含む数多くの文化的な宝物が永久的に持ち去られた。ローザンヌはそれらを取り戻そうと、何度も要求している。ナポレオン戦争の間に状況が変化し、誓約者同盟、すなわちスイス連邦に加わり、1803年に新しく形成されたヴォー州の州都となった。
1950年代から70年代にかけて、数多くのイタリア人、スペイン人、ポルトガル人が移住してきた。その多くはRenensの工業地区に居住し、地方議会を形成した。 街は伝統的に穏やかであったが、1960年代と70年代初期に、若者のデモが連続してあり、警官隊と衝突を起こした。その後、映画のチケットが高すぎることに抗議するためのデモがあった。その後、2003年の主要国首脳会議への抗議が起きるまで、街は穏やかそのものであった。
ローザンヌは世界クラスの教育機関がいくつかあることでも有名である。
This text is available under the terms of the GNU Free Documentation License. 最終更新日時: 2010年9月10日