詳細は「イタリアの警察」を参照
イタリアにおける法執行機関・警察機構は、複雑であり、国家レベルの組織のみでも5つある。その他に、地方自治体の警察組織として、県レベルの地方警察 (Polizia Provinciale)、コムーネレベルの自治体警察 (Polizia Municipale) がある。国家レベルの警察組織は以下のものである。
このほか、イタリア沿岸警備隊がイタリア海軍の傘下にあり、海上交通整理、捜索救難、漁業監視、不法移民に対する海上監視などを行っている。
詳細は「イタリア軍」を参照
詳細は「イタリア陸軍」を参照
2007年現在現役兵約110,000人、予備役約33,500人が所属。
詳細は「イタリア海軍」を参照
冷戦期においてはソ連黒海艦隊との戦闘を仮想目標とし、大きな海軍戦力を擁していた。今日でも海軍重視の傾向は変わらず、法改正によって保有が可能となった軽空母ジュゼッペ・ガリバルディ級に次いでカヴール級空母が戦列に加わるなど、予算削減で新型戦車の配備が滞りがちな陸軍に比べて一層の強化が進められている。またカヴールと入れ替わる形で旧式化しつつあったガリバルディの改修が開始された。
詳細は「イタリア空軍」を参照
4万5879名の要員からなり、F-16・タイフーンなど一線級の空軍機を保有している。航空機の国産化にも熱心で、アエリタリア(旧フィアット社航空機部門)が開発したG.91軽戦闘機は戦後復興から間も無い時期(1956年)でありながら高い性能を誇り、同じく国産に拘るイギリスやフランスは拒んだものの、ドイツ空軍やポルトガル空軍への採用が決定し、「ジーナ」の愛称で20年程前まで長らく愛用されていた。
近年はタイフーンに見られるような欧米での共同開発機に意欲を見せ、空母を増産した海軍の意向もあってか、オランダと共にF-35の開発計画でイギリスに次ぐ協力を示している。
詳細は「カラビニエリ」を参照
正式名称はカラビニエリ (Carabinieri) で、軍戦力と警察戦力の中間に位置する国家憲兵的な存在である。日本では、そのままカラビニエリと称するほか、「国家憲兵」、「憲兵隊」、「国家警察」、「国防省警察」、「軍警察」など様々に訳されている。
平時は一般警察の行っている通常業務の補佐や、マフィアや反政府グループなど重火器を保持し、警察の手には余る組織の摘発などを担当しており、戦時には本来の任務として戦地での警察活動を行う。またテロ対策・要人警護・人質救出などを担当する独自の特殊部隊(国家憲兵隊特殊介入部隊)を保持していて、同部隊はイラク戦争など海外戦争においても戦歴を重ねている。また国内専門の部隊として治安作戦中央部隊が存在する。
詳細は「イタリアの地方行政区画」、「イタリアの県の一覧」、「コムーネ一覧」、「イタリアの郵便番号」をそれぞれ参照
イタリアの地方行政区分の最上単位は、20の州 (regione) である。各州はさらに、110の県 (provincia) に分かれる。各県はさらに、コムーネ(comune)が存在する。ローマにはさらに、ローマのムニチーピオ(イタリア語)が存在する。
| 名称 | 人口(人) | 州都/主府/本部 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 4,214,677 | 1 | ||
|
ヴァッレ・ダオスタ州(特別自治州)
|
119,548 |
アオスタ(州と県が同じ)
|
2 |
| 1,571,783 | 3 | ||
| 9,032,554 | 4 | ||
|
トレンティーノ=アルト・アディジェ州(特別自治州)
|
940,016 | 5 | |
| 4,527,694 | 6 | ||
|
フリウリ=ヴェネツィア・ジュリア州(特別自治州)
|
1,165,761 | 7 | |
| 3,983,346 | 8 | ||
| 3,497,806 | 9 | ||
| 825,826 | 10 | ||
| 1,470,581 | 11 | ||
| 5,112,403 | 12 | ||
| 1,262,392 | 13 | ||
| 320,601 | 14 | ||
| 5,701,931 | 15 | ||
| 4,020,707 | 16 | ||
| 597,768 | 17 | ||
| 2,011,466 | 18 | ||
|
シチリア州(特別自治州)
|
4,968,996 | 19 | |
|
サルデーニャ州(特別自治州)
|
1,631,880 | 20 |
| 都市 | 行政区分 | 人口 | 都市 | 行政区分 | 人口 | |||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | ローマ(ローマ県) | ラツィオ州 | 2,718,768 | 11 | ヴェネツィア(ヴェネツィア県) | ヴェネト州 | 268,993 | |||
| 2 | ミラノ(ミラノ県) | ロンバルディア州 | 1,299,633 | 12 | ヴェローナ(ヴェローナ県) | ヴェネト州 | 264,191 | |||
| 3 | ナポリ(ナポリ県) | カンパニア州 | 973,132 | 13 | メッシーナ(メッシーナ県) | シチリア州 | 243,997 | |||
| 4 | トリノ(トリノ県) | ピエモンテ州 | 908,263 | 14 | パドヴァ(パドヴァ県) | ヴェネト州 | 210,173 | |||
| 5 | パレルモ(パレルモ県) | シチリア州 | 663,173 | 15 | トリエステ(トリエステ県) | フリウリ=ヴェネツィア・ジュリア州 | 205,356 | |||
| 6 | ジェノヴァ(ジェノヴァ県) | リグーリア州 | 610,887 | 16 | ターラント(ターラント県) | プッリャ州 | 195,130 | |||
| 7 | ボローニャ(ボローニャ県) | エミリア=ロマーニャ州 | 372,256 | 17 | ブレシア(ブレシア県) | ロンバルディア州 | 189,742 | |||
| 8 | フィレンツェ(フィレンツェ県) | トスカーナ州 | 364,710 | 18 | プラート(プラート県) | トスカーナ州 | 185,603 | |||
| 9 | バーリ(バーリ県) | プッリャ州 | 322,511 | 19 | レッジョ・ディ・カラブリア(レッジョ・カラブリア県) | カラブリア州 | 185,577 | |||
| 10 | カターニア(カターニア県) | シチリア州 | 298,957 | 20 | モデナ(モデナ県) | エミリア=ロマーニャ州 | 179,937 | |||
| 2007年国勢調査 | ||||||||||
詳細は「イタリアの地理」を参照
イタリアは地中海に突き出した長靴型イタリア半島、および周辺の島(サルデーニャ島、シチリア島など。コルシカ島はフランス領)から構成されている。東はアドリア海、西でティレニア海とリグリア海、南でイオニア海と地中海に面している。国境を接する国としては、大陸部では西側をフランス、北側をスイスとオーストリア、東側をスロヴェニア。アドリア海を挟んで、クロアチア、アルバニア、ギリシアなどとも地理、歴史的に結びつきが強い。キリスト教・カトリック教会の治めるバチカン市国があるが、これはイタリアの首都ローマが周囲を囲んでいる。他にもアドリア海近くのサンマリノ共和国を包み込むように接する。さらに、スイス領内には飛び地として面積1.7km²ほどのカンピョーネ・ディターリアを持つ。
領土内北部ではアルプス山脈が東西に弧を描き、国境を成している。国境にはマッターホルンや、モンテローザ、モンブランのような高峰があり、イタリアの最高点はフランスとの国境線上のモンブラン頂上付近にある。アルプスは北西部で分岐し、イタリア半島を縦断するアペニン山脈を形成する。アペニン山脈はイタリア半島の気候をアドリア海側とティレニア海側とで非常に異なったものにする役割を果たしている。特にアドリア海側は寒冷であり、海岸部ではときにボラ(冬の北東季節風)の影響が及んで冷たい潮風が吹きつける。また火山国でもあり、とくに南部ではしばしば地震が起こる。エトナ山、ヴェスーヴィオ山等が有名で、エトナ山はヨーロッパ最大の活火山であり、ほとんど常に噴火している。時には大きな噴火を起こすこともあるが、特別に危険な火山とは見なされておらず数千人が斜面と麓に居住している。イタリアには多くの川があるが、ポー川、アディジェ川、テヴェレ川が上位三位の長さを持つ。テヴェレ川はアルノ川源流近くに源を発し、ローマ市内を抜けて流れることで有名である。
第二次世界大戦前のイタリアは農業国だったが、戦後は北部に多様な産業基盤が整備され、国の経済発展に大いに貢献している。現在のイタリア経済は民間企業を基盤としているが、以前は石油工業や交通輸送、電信電話をはじめ多くの商社やメーカーに対して国家が支配権をにぎっていた。だが、1990年代半ばに多くの企業が政府の管理からはなれ民間企業へと転換した。
1958年から1963年にかけてイタリアはGDP年率+6.3%の目覚しい経済発展を遂げ、1959年5月25日イギリスの日刊紙がイタリアの経済復興の目覚しさをさして、「奇跡の経済」と名付けた。1980年代初頭にはバブルを経験し、GDPでECの牽引役を担う存在であり、巨大な植民地大国だったイギリスを抜かし世界第5位となったものの、1990年にはまた戻っている。以後政府は輸出を活性化させ、研究開発の促進よりも為替相場をリラ安に誘導する事を選択した。
1960年代後半から圧迫されてきた膨大な財政赤字をたてなおし、EMU(経済通貨統合)への第1陣参加を実現するため、1993年から政府は大規模な歳出削減策を継続して実施した。その結果、財政赤字のGDP比は94年の9.5%から99年には1.9%にまで改善され、目標としていたEUの財政基準(3.0%以内)を達成することができた。
法定通貨として長年「リラ (Lira)」が使われて来たが、2002年1月1日からEUの単一通貨ユーロ(EURO、エウロ)の紙幣や硬貨が流通し、リラは2月末をもって法的効力を失った。1998年12月31日に1ユーロ=1936.27リラという交換レートが固定された。中央銀行であるイタリア銀行は各県都に支店をもち、預金高を通じて都市銀行を統制する。ヨーロッパ域内の自由な資本の移動と通貨統合をめざすヨーロッパ共同体(現、EU)の動きにあわせて、1990年イタリアの銀行制度は大幅に変更され、公営銀行の削減、外国資本に対する規制緩和がおこなわれた。ミラノとローマが金融の中心である。主要銀行としてはEU圏1位の資本を持つウニクレディトなどがある。
1970~80年代にヨーロッパ共同体(現、EU)加盟国との貿易が増加したが、イタリアは石炭、石油などの原材料を輸入に依存しているため、貿易赤字がつづいていた。しかし、90年代初頭、リラ切り下げで、外国市場にとってイタリア製品の価格が低下したため、輸出が増加した。貿易相手国の5分の3近くはEU加盟国で、おもな輸出相手国はドイツ、フランス、アメリカ合衆国、イギリス、スペイン、輸入相手国はドイツ、フランス、オランダ、イギリス、アメリカ合衆国、スペインなどである。イタリアはヨーロッパの輸出大国の中で、ドイツに伍して輸出が成長している唯一の国である。2008年より過去7年間、ドイツは7.8%、イタリアは7.6%の割合で輸出が成長している。輸出先で成長著しいのは、南アメリカ (+79.3%)、トルコ (+35%)、OPEC諸国、ロシア、中国である。
イタリアはエネルギー資源の輸入国であり、ガス、石炭、石油の大部分を外国に依存している。イタリアの発電量の82%は、石油、天然ガス、石炭、亜炭をもちいた火力発電が生みだしており、13%が水力発電によるもの。イタリアは1950年代後半から原子力発電の研究開発を開始し、当時の世界原子力技術で最先端であり、1965年時点には3カ所の原子力発電所が稼動していた。しかしながらチェルノブイリ事故などがきっかけとなり、1987年の国民投票で原発の全面停止を決定。運転を停止する。1990年には停止中の原子力発電所の運転を再開しないことが決まった。なお、イタリアで最も売り上げと利益の多い企業であるEni (Eni S.p.A.) を擁しスーパーメジャーの一角を占めている。また、ENELは地熱発電技術で100年の経験蓄積があり、世界一である。
詳細は「南北問題」を参照
イタリア経済が依然としてかかえる課題は、南部の工業化の遅れである。ミラノやトリノなどの北部は工業化が進んでいるが、南部やサルデーニャなどの島嶼部は農業や観光業や軽工業中心なので南北格差が大きい。中心工業地帯はジェノヴァなどで、工業化が遅れている南部のターラントには半官半民の製鉄所があり、第三のイタリアが新たな経済の牽引役となっている。政府による工業化育成の努力も、労働力の問題や、多くの産業がマフィアとの結びつきによって成り立っているため大企業の南部進出がはばまれるといった複雑な現実に直面している。多くの労働者が職をもとめて南部から北部へ移住しており、南北の格差はいまだに大きい。
「イタリアの企業一覧」も参照
気候、土壌、高度が変化にとんでいるため、さまざまな農作物の栽培が可能である。イタリアは世界有数のワイン生産国であり、オリーブとオリーブ・オイルの生産量も多い。酪農も主要な産業であり、ゴルゴンゾーラ、パルミジャーノ・レッジャーノをはじめ約50種類のチーズが生産される。イタリアの森林業資源はとぼしく、木材の多くを輸入にたよっている。森林はまず古代ローマ人によって、その後19世紀に大部分が伐採されてしまった。その結果土壌の浸食がすすみ、林業の発展の障害となっていたが、近年は状況の好転がみられる。
第二次世界大戦以降、工業が急速に発展し、イタリア製品は世界的な人気をえている。重要な工業に、繊維工業と、硫酸、アンモニア、水酸化ナトリウムの製造などの化学工業がある。そのほか自動車、鉄鋼、ゴム、重機械や電気機器とくに家電製品、パスタなどの食料品の製造業が盛ん。工業の中心地はジェノヴァ、ミラノ、ローマ、トリノである。
イタリアの経済に占める自動車産業の割合は、国内総生産の8.5%で、国内ではコンパクト・カー、エコノミー・カーが上位を占めている。エコロジカルな自動車の売れ行きが伸びている。輸出車では売上高800億ユーロ(約10兆4000億円)規模で、クライスラー、GMと提携したフィアットが知られている。 北部の都市モデナにはフィアット傘下のフェラーリやアルファ・ロメオがある。なお、フィアット・パンダは欧州における新車登録台数3万3593台(2009年3月)でEUトップとなっている。2位はフォルクスワーゲン・ポロ。
19世紀頃から近代服飾・装飾産業が発展し、20世紀から現在にかけては、服飾ブランドのベネトンやグッチ、ブルガリ、プラダ、ジョルジオ・アルマーニやジャンニ・ヴェルサーチ、ジャンフランコ・フェレ、バレンチノ、靴のサルヴァトーレ・フェラガモやトッズなどが世界各国に輸出されており、大きな外貨獲得源となっている。
イタリアは幼稚園の先端的教育方法でアトリエリスタと呼ばれる芸術的、工芸的活動の専門家を配置し、人間を育成している。バイオリンなどの楽器。ガラス細工や工芸美術品も主な産業となっている。
他にも伝統的に映画産業や観光産業が盛んであり、イタリア映画のみならず、イタリアを舞台にした映画が世界中で作られ公開されており、それらの映画が観光産業を後押ししていると評価されている。
詳細は「マフィア」を参照
マフィアはイタリア経済と社会に多大な影響力をおよぼしている。もともと中世後期にシチリアで生まれた秘密結社で、親族組織からなり、冷酷な暴力とオメルタというきびしい掟で知られる。19世紀後半にはシチリアの田園地帯を支配し、地方当局への介入、ゆすり、市民に対するテロ活動をおこなっていた。1920年代から第二次世界大戦終結まではベニート・ムッソリーニによって弾圧される。この時代をのぞいて、マフィアはイタリアの南部を中心に、合法・非合法活動によって影響力を拡大しつづけた。また、マフィア勢力は移民とともに海外とくにアメリカにわたり、70年代までに世界のヘロイン取り引きの大部分がマフィアの支配下に入った。Confesercentiの報告書で、マフィアの総売上高は900億ユーロに相当するという。
この他、マフィア類似の犯罪組織として、コルシカ島のユニオン・コルス(コルシカ・ユニオン)に代表される「ミリュー」、ナポリの「カモッラ (Camorra)」、カラブリアの「ヌドランゲタ (Ndrangheta)」、プッリャの「サクラ・コロンナ・ウニータ (Sacra Corona Unita)」、ローマの「シカーリ」などがある。
1980年代半ばに新政権がマフィアの大物たちの犯罪を告発しはじめたこと、多くの政治家とマフィアをつなぐ一連の政治スキャンダルの発覚によって、イタリアにおけるマフィアの影響力もおとろえる日がくるだろうという観測が生まれている。政府は2008年12月17日、一斉検挙で99人を逮捕した。その他、近年マフィア撲滅運動が加速しており、マフィアの重要な特徴であった頂上組織(縦割りの権力集中)が崩壊の危機にある事がベルナルド・プロヴェンツァーノの逮捕により発覚した。
古くから地中海域の交通の要衝として栄え、古代ローマの頃には歴代執政官によって街道が整備され、それはアッピア街道のように史跡として残っているのみならず『執政官街道』と呼ばれ、現在も使用されている。ローマ帝国時代のローマは、「全ての道はローマに通ず」とさえ呼ばれた。その後のムッソリーニ時代よりアウトストラーダ (Autostrada) と呼ばれる有料高速道路網が整備されはじめた他、フィアット社のバックアップもあり高速道路網が全土に敷き詰められている。
「アウトストラーダ一覧」も参照
フェッロヴィーエ・デッロ・スタートのグループ会社であるトレニタリアと呼ばれる旧国鉄 (Ferrovie dello Stato) の業務を引き継ぐ民営鉄道会社が全土を網羅し、ローマ-フィレンツェ間の高速新線(ディレティッシマ)を中心にユーロスター・イタリアと呼ばれる高速列車も多数運転されている。旧国鉄以外ではチルクムヴェスヴィアーナ鉄道やスッド・エスト鉄道などがある。
また、ローマ、ミラノ、ナポリなどの主要都市には地下鉄が整備されている。一部の都市では路面電車やケーブルカーが走っており、市民の足となっている。
ローマ帝国時代前から地中海海域の海運の要所として重要な地であったこともあり、海運が古くから盛んである。現在も地中海クルーズの拠点とされることも多く、有名な港としてはナポリやヴェネツィア、ジェノヴァ、ブリンディジなどがある。
政府が主要株主のアリタリア航空が、イタリアのフラッグキャリアとして国内線と域内及び中長距離国際線を運航する他、イタリアを本拠地として運航を行う航空会社として、メリディアーナ航空やエアワン、エア・ドロミティなどの航空会社があり、それぞれが国内線や域内国際線を運航している。
現在、日本との間にはアリタリア航空と日本航空が東京(成田国際空港)と大阪(関西国際空港)とローマとミラノの間に直行便を、アエロフロート・ロシア航空がモスクワ経由の直行便を東京から運航させている。
また、パリやアムステルダム、チューリヒなどのヨーロッパの主要都市や、バンコクや香港、ドバイなどのアジアの主要都市経由で行くこともできる。
ラテン系、ケルト系、ゲルマン系、古代ギリシャ人などの混成民族であるイタリア人が大半であるが、長年にわたって多くの都市国家が分かれていたせいもあり、イタリア統一後も未だに各都市の国民であるという意識が強い。またかつては都市同士の幾度も戦争を行っており、内部対立が非常に根深いもので、南北問題の遠因となっている。
少数民族としては南チロルのチロル人、南部のアルバニア人などが挙げられる。
イタリア人といえば一般的に陽気な人々が想像されるが、南と北では人々の性格に違いがあるとされる。南は温暖な気候の為か陽気で活発な人が多く、北は寒い気候の所為か寡黙な気質の人々が多いと言われている。また一般に地中海に面した側に住んでいるヨーロッパ人は、ヨーロッパ人と呼ばれるよりも、地中海人(メディテッラーネオ)と呼ばれることを好む。ヨーロッパ人と地中海人は物事に対する考え方、性格的に基本的な違いがあると考えられている。
近年は、ヨーロッパにおける有数の移民受入国となっており、失業や人種差別問題など大きな社会問題を引き起こしている。2009年における、外国人人口は389万人を数え人口の 6.5%を占めている。
公用語はイタリア語。そして、等語線のラ・スペツィア=リミニ線があり、この線の北西の北イタリア(西ロマニアの側)と、南東にあたる中南部のイタリア(東ロマニアの側)では言葉が異なる。東ロマニアに分類される中部イタリアのトスカーナ州の言葉を中心に標準語が形成されている。北イタリアではフランス語などに近い西ロマニアの言葉であるガロ・イタリア語を使用する。この中でもロンバルディア州の言葉はロンバルド語という。
一部の特別自治州、ヴァッレ・ダオスタ州でフランス語、トレンティーノ=アルト・アディジェ州ではドイツ語も使用する。フリウリ地方ではフリウリ語、南ティロルではラディン語という、イタリア語よりラテン語に近いレト・ロマンス語系の言葉を母語とする住民もいる。また、最南部のカラブリア州には東ローマ帝国統治下(マグナ・グラエキア)の影響を残すギリシャ語系のグリコ語の話者も存在する。 さらに、オスマン帝国時代のアルバニアからイタリア南部に定着した人々の子孫はアルバニア語の方言を母語とする。サルデーニャ島では、イタリア語系のサルデーニャ語(イタリア語の一方言とする説もある)が話される。アルゲーロではスペイン支配の影響からカタルーニャ語の方言が話される。
イタリアは歴史的に別の国に分れていた期間が長いため方言の差が激しいとされているが、そもそも言語成立の過程にも複雑な事情が絡んでいる。古代ローマで話されていた言葉(ラテン語)の俗語形である「俗ラテン語」が、ローマ消滅以降にかつての統治領(イタリア・フランス・スペインなど)ごとに統一性を失って方言化した際、イタリア各地のラテン語方言がイタリア地方特有の変化を遂げたと判断した人々が、近世になってこれらを一つの言語体系(イタリア語)と定めた事に起因する。
言語と言語の違いを研究する作業は古くから言語学の分野で行われていたが、どの程度の類似性をもって「同じ系統の言語」(方言)とするのか、或いは「異なる系統の言語」とするのかの客観的判断は殆ど不可能で、結局は個々人の価値観に頼るしかないのが現状であり、民族問題や領土主張との兼ね合いもあって政治的判断が下されるケースが多い(「言語とは軍に守られし方言である」という皮肉も存在する)。よってイタリア語も方言の集合体とするか、無数の独立言語とするかは政治的に決定され、当時の民族主義政策に基づいて方言であるとされた。近年はEU統合の流れから欧州各国で方言を地域言語と認める動きが芽生え始めており、イタリアでも方言を地域言語として承認するべきかどうか盛んに意見が重ねられている。
こうした現象はイタリアだけでなく、同じ経緯を持つ他のロマンス諸語でも発生している他、ゲルマン語派のドイツ語でも方言の尊重と権利拡大が進められている。
現在、エスノローグはイタリア共和国内に以下の言語の存在を認めている。
圧倒的にキリスト教のカトリック教会(約9割)が多く、日曜のミサを欠かさないような敬虔なカトリック教徒も多い。プロテスタントは少数である。またアラブ系移民の増加により、イスラム教は近年増加傾向にある。
詳細は「イタリアの文化」、「en:Culture of Italy」をそれぞれ参照
北イタリアのトスカーナ地方はルネサンス発祥の地であり、また、その中心地でもあった。この影響下で数多くの芸術家が輩出され、同時に作品も制作された。詳しくはルネサンスの項を参照されたい。
また、ジュゼッペ・ヴェルディの『アイーダ』などオペラや音楽なども多く知られる。民衆音楽ではカンツォーネと呼ばれるナポリの歌謡曲が有名である。バレエも発祥の地とされる。現代においてもノーベル賞作家を輩出。映画においても絶えず世界的な作品を送り出している。
詳細は「イタリア料理」を参照
主食はパンの地域がほとんどであるが、北部では代用としてトウモロコシの粉でできたポレンタを食べる場合がある。イタリア料理は地方色が強く各地方料理の集合体のようなものであり、北部はオリーブ・オイルよりバターを使い、南部はトマトを多用する傾向が有る。また沿岸部は魚を食べるが、内陸部(特に北部)はほとんど食べないなど差がある。食事にワインを合わせる習慣が有り、基本的にその土地のワインを飲む。また、サラミ、ハムなどの肉製品、チーズの種類の豊富なことも特徴である。コーヒーの消費も多く、イタリア式のいれ方にはエスプレッソ、カプチーノ、カフェ・ラッテが有名。また、ヨーロッパとしては珍しくタコも食べる。
詳細は「イタリア文学」を参照
近代イタリア語の基礎はフィレンツェの詩人ダンテ・アリギエーリによって創設され、彼の偉大な作品『神曲』は中世ヨーロッパで最高の文学作品だと考えられている。イタリアはそれ以外にも祝福された文学者に不足しなかった。例を挙げるならジョヴァンニ・ボッカチオ、ジャコモ・レオポルディ、アレッサンドロ・マンツォーニ、トルクアート・ターソ、ルドヴィコ・アリオスト、フランチェスコ・ペトラルカのような人物の名が挙げられ、彼等の最も知られた表現の媒体は彼等がイタリアで生んだソネットだった。近代の文学者であり、ノーベル文学賞受賞者には、1906年受賞の国民主義詩人ジョズエ・カルドゥッチ、1926年受賞の写実主義作家のグラツィア・デレッダ、1934年受賞の近代劇作家ルイージ・ピランデッロ、1959年受賞の詩人サルヴァトーレ・クァジモド、1975年受賞のエウジェーニオ・モンターレ、1997年受賞の風刺家かつ劇作家ダリオ・フォの名が挙げられる[1]。
詳細は「イタリア哲学」、「en:Italian philosophy」をそれぞれ参照
「イタリア現代思想」も参照
ルネサンスの時代には、ジョルダーノ・ブルーノやマルシリオ・フィチーノ、ニッコロ・マキャベリ、ジャンバティスタ・ヴィコのような傑出した哲学者が現れた。
20世紀の前半において、イタリアではベネデット・クローチェやジョヴァンニ・ジェンティーレによって新ヘーゲル主義が新観念論に昇華した。ジェンティーレの哲学はファシズムの理論的支柱となった。その他にも特筆されるべき哲学者として、マルクス主義の新たな読み方を発見し、サバルタンやヘゲモニーといった概念に繋がる思想を生み出したアントニオ・グラムシや、市民社会論的にヘーゲルを読み直したジョエーレ・ソラーリが挙げられる。
20世紀後半においてはマルチチュードを新たな概念として昇華したマルチチュード学派のアントニオ・ネグリや、ホモ・サケル論で知られるジョルジョ・アガンベンなどが活躍している。
詳細は「イタリアの音楽」、「en:Music of Italy」をそれぞれ参照
詳細は「イタリアの芸術」、「en:Art of Italy」をそれぞれ参照
詳細は「イタリア映画」を参照
イタリア映画の歴史はリュミエール兄弟が活動写真の公開を始めてからわずか数カ月後に始まった。最初のイタリア映画は、教皇レオ13世がカメラに祝福して見せた数秒間のものだった。イタリアの映画産業は1903年から1908年の間に3つの映画会社と共に生まれた。ローマのチネス、トリノのアンブロシオ、イタラ・フィルム社がそれである。他の会社はすぐにミラノやナポリに設立された。間もなくこれら最初の会社は公正な制作力に達し、作品はすぐに外国に売られていった。映画は後にベニート・ムッソリーニによって第二次世界大戦までプロパガンダのために使われた。
戦後、イタリアの映画は広く認知され、1980年頃の芸術的な凋落まで輸出された。この時期の世界的に有名なイタリアの映画監督としては、ヴィットリオ・デ・シーカ、フェデリコ・フェリーニ、セルジオ・レオーネ、ルキノ・ヴィスコンティ、ピエル・パオロ・パゾリーニ、ミケランジェロ・アントニオーニ、ダリオ・アルジェントなどの名が挙げられる。世界の映画史に残る作品としては、『甘い生活』、『続・夕陽のガンマン』、『自転車泥棒』などが挙げられる。
音楽
文学
映画
漫画
イタリア国内には、ユネスコの世界遺産リストに登録された文化遺産が41件、自然遺産が2件存在し、さらにバチカン市国にまたがって1件の文化遺産が登録されている。詳細は、イタリアの世界遺産を。
| 日付 | 日本語表記 | イタリア語表記 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 1月1日 | 元日 | Capodanno | |
| 1月6日 | 主の公現 | Epifania | Befana |
| 移動祭日 | 復活祭 | Pasqua | |
| 移動祭日 | 復活祭後の月曜 | Lunedì dell'Angelo | Lunedì di Pasqua, Pasquetta |
| 4月25日 | 解放記念日 | Festa della Liberazione | 1945年 |
| 5月1日 | 労働祭 | Festa dei lavoratori | |
| 6月2日 | 共和国祭 | Festa della Repubblica | 1946年 |
| 8月15日 | 聖母被昇天祭 | Ferragosto | Assunzione |
| 11月1日 | 諸聖人の日 | Ognissanti | |
| 12月8日 | 聖母の無原罪の御宿りの祭日 | Immacolata Concezione | |
| 12月25日 | クリスマス | Natale | |
| 12月26日 | 聖ステファノの祝日 | Santo Stefano |
詳細は「イタリアのスポーツ」を参照
伝統的にサッカー(カルチョ)とF1やミッレミリアなどのモータースポーツ、自転車競技やマリンスポーツ、バレーボールが特に盛んで、他にも北部山岳地域にコルティーナ・ダンペッツォなどのスキーリゾートが多数あることから、スキーなどのウィンタースポーツも盛んである。野球とバスケットボールというアメリカ発祥のスポーツもプロリーグもあるなど他の欧州諸国に比べて盛んで、代表チームは国際大会の常連にもなっている。最近ではシックス・ネイションズに加わってラグビーも人気が高まっている。
競馬は古代ローマ帝国時代の伝統を受け継ぐ繋駕速歩競走が盛ん。近年では2001年世界的に活躍したヴァレンヌが大きな人気を博した。一方イギリス発祥の平地競走は英仏に対し相対的なレベルの低さは否めず、国内での人気はそれほどでもない。ただ、人物ではフェデリコ・テシオ、ランフランコ・デットーリ、競走馬ではリボー(伊英仏で16戦不敗)、ネアルコ等世界的名手・名馬を輩出している。特にリボーは20世紀イタリアのスポーツ選手第4位(ガゼッタ)に選ばれており、馬としては異例の高さとなった。(詳細についてはイタリアの競馬を参照)
詳細は「イタリアのサッカー選手一覧」を参照
カルチョと呼ばれるフィレンツェ古代サッカー発祥の地として知られ、イングランドフットボールと双璧の存在となっている。
イタリアはサッカーで今まで多くのスタープレイヤーを輩出してきた。FIFAランキング(2010年5月発表)は第5位。W杯にはこれまで全18回中16回出場しており、そのうち優勝4度(5度のブラジルに次いで2番目に多い)、準優勝に2度輝いている。
イタリア代表はユニフォームの青い色からアズーリと呼ばれる。カテナチオ(「鍵をかける」という意味)と呼ばれる鉄壁の守備を軸として現在に至る。近年は攻撃陣のタレントも豊富で、かつての守備だけのチームではなく、伝統の堅い守備からの素早い攻撃をするチームになりつつある。また各国からはそのプレーを「サッカーをしているというより、仕事をしている」とまで言われる。また、伝統的に綿密な戦術を重んじる傾向があり現代サッカーのフォーメーションを数々考案してきた(アリゴ・サッキ、ジョバンニ・トラパットーニ他)。
イタリアの国内リーグであるセリエAは世界最高峰を争う程のレベルにあり、世界中のスター選手を集めている。また、コッパ・イタリアと呼ばれるカップ戦も行われる。主なクラブチームはACミラン、ラツィオ、インテル・ミラノ、ユヴェントス、ASローマなど。これらはチャンピオンズリーグの常連でもある。2009-2010シーズンのチャンピオンズリーグではインテル・ミラノが優勝を果たした。
国内には欧州屈指の強豪リーグの一つ、セリエAと呼ばれるプロバスケットボールリーグを持つ。外国人としては史上2人目、ヨーロッパ人選手としては史上初のNBAドラフト1位指名をされた、アンドレア・バルニャーニが最も有名。代表はこれまでにオリンピック出場12回、世界選手権出場6回を誇る。2004年アテネオリンピックではアメリカの銅メダルを上回る銀メダルを獲得。バスケットボール欧州選手権(通称『ユーロバスケット』)では、1997年に銀メダル、1999年に金メダル、2003年に銅メダル獲得。近年、NBA選手を続々と輩出して今後も躍進が期待される。代表チームのニックネームは「Gli Azzurri」。
イタリアのF1ドライバーを参照
モータースポーツの創生期から多くのレーシングドライバーを輩出してきた。近年はF1のワールドチャンピオンを獲得するドライバーこそ少ないものの、常にトップクラスのドライバーが存在している。
2輪ロードレースの世界では現在ヴァレンティーノ・ロッシがMotoGPにおいて5年連続最高峰クラスワールドチャンピオンとなっている。
世界三大ツールの一つ、ジロ・デ・イタリアを開催する、最も自転車ロードレースの盛んな国の一つである。
イタリアは、2007年の統計では年間約4370万人以上が訪れる世界で5番目の観光大国であり、世界遺産も多くそのほとんどが観光資源として活用され、世界中の観光客を呼び寄せている。また地中海沿岸やサルデーニャなどの島嶼部は海水浴、北部のアルプスは登山やスキー、点在する湖では避暑などリゾートに適した地域も多い。
ただ、その豊富な観光資源にあぐらをかいた殿様商売との声も聞かれており、観光客全体は増え続けているが、日本人観光客は激減している。また、レストランやタクシーで法外な料金を請求される「ぼったくり」などの影響で、「何度も訪れるリピーターが減った」と見る旅行会社もある。実際、2009年6月に、日本人のカップルがランチに695ユーロ(9万5714円)という法外な値段を請求されたことが地元で報じられ、イタリアの観光相が謝罪するなどした騒動が発生し、日伊双方で問題となった[2]。また、2008年12月に日本人男性らが出張でミラノのナイトクラブに訪れた際に7265ユーロ(約97万円)をクレジットカードで引き落とされたことが発覚した[3]。この事件を切っ掛けに、悪質な観光業者の存在がイタリアでは社会問題になっている。当局が「ぼったくりをしない」という誓約をした業者に対する認証制度を導入する計画が持ち上がっているほど、悪質業者の根は深い[4]。
世界経済フォーラムの2009年度版「旅行・観光競争力リポート」ではイタリアは28位で、25位の日本を下回っている[5]。 リクルートがまとめた海外旅行に関する調査によると、これから行きたい場所(複数回答)は未婚や既婚、子どもの有無にかかわらず、イタリアが1位となり、依然として日本の観光産業でトップを走り続けている[6]。
詳細は「イタリア人の一覧」を参照
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This text is available under the terms of the GNU Free Documentation License. 最終更新日時: 2010年9月7日